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浄土真宗の心

○ 「あなたは何宗?」
    こう聞かれてなんと答えますか

○ 仏様に「すくわれる」というけれど
    「すくわれる」ってどういうこと?

○ 苦しいんですが、どうしましょう?

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人間生きていると苦しみが多いですね。
少しの苦しみや、重大な苦しみ。
ある人にとっては軽い苦しみでも、別の人にとっては同じような苦しみであっても、非常な苦しみと感じることがあるということを忘れてはなりません。

人が苦しみを感じるとき、どのように対応するのでしょうか。

@ 苦しみから逃げる (逃避)
A いつまでも苦しみ続ける (苦悩)
B 苦しみの意味を変える (転換)

@の場合(逃避)
 逃げるのもいい方法だと思います。頑張りすぎず、時には逃げる勇気も持ちましょう。
 しかし逃げる時には、注意も必要です。
 その一つに、逃げ切れない苦しみもあります。
 その場合は、ほかの手を考えるか、一旦逃げて後日、その苦しみを見つめなおしましょう。
 二つ目の注意は、逃げ方によっては、後戻りできないことがあるということです。
 例えば、苦しみから逃れるために「自死」してしまうというような場合、一旦死んでしまうと、
 もう一度生きようと思っても、も〜うだめです。
 「自死」を選ぶ場合、他人に対するる影響を考える余裕は無いのかもしれませんが、自分以外の人間や物に対する影響ははかり知れないことを知っていただきたいと思います。
 それは今後起こりうる未来に対する影響も考えていただきたい。
 一人の人間が生まれるということは、数え切れないほどの、事象が影響し合い、その結果誕生を見るわけで、「自死」する者だけが、その存在を消すのではなく、膨大な事物の存在を消してしまうことになることを知っていただきたい。

 

     苦しい時は、おおいに逃げましょう!    でも、もう一度戻ってきて、苦しみを見つめ直しましょう


 
 初めに書きましたように、苦しみは、時間(時期)、立場、見かたなどの状況によって感じ方が変わるんですから・・・・・。

Aの場合(苦悩)
 この場合は苦しい! 健康(肉体的、精神的)を害します。
 早く@かBを選んだほうが良いと思います。

Bの場合(転換)
 この場合、そう簡単にはいきません。しかし非常によい方法です。
 この場合も、注意が必要です。例えば「プラス思考」(何でもよい方向に考えるというやつです)
 なんて単純な方法で転換ができる苦しみならば、それで結構!
 どんどんプラスに考えて、生きていきましょう。
 でも中にはそんな程度の苦しみでない場合もあるのではないでしょうか。
 そのような場合、宗教による思考の転換(気づき)が必要でしょう。
 これが「苦しみを乗り越える」ということです。

ちなみに、大前提として考えておいていただきたいのですが、肉体的苦しみ、つまり「痛み」「吐き気」などの苦しみは、医学に助けを求めてください。
現代医学は、病気を「治す」ことが第一義でしたが、最近は苦しみの除去、具体的に言えば「痛みのコントロール」などにも意義を見出しています。
(当たり前のようで実は当たり前でなかった。痛みをとっても病気が治らなければ、治療にはならないでしょ。治療にならなかったら、治療費は出せない考えだった)

話は戻りまして、「宗教による思考の転換」とは何でしょうか。
それは宗教の教えによって、苦しみの原因となっている思考を別方向にもっていくということです。
ここで大事なことは、その別方向にもっていく宗教を良く選ばねばなりません。
下手すると、とんでもない方向に向いてしまうかもしれません。
仏教では、その教えは考えたものではなく、作ったものでなく、もともとあった、存在した「真実」というものに置きました。
だから考えに無理がありません。いいんですよ「仏教による思考の転換」
しかし問題があります。頑固なんです、私達人間は。
自分の考えから離れられない。コチコチ!
苦しいときは、素直に仏教を聞いてみましょう。素直になれないコチコチさんは、何度でも話しを聞いてみましょう。溶けてきますよ、あなた自身が。

苦しみは、無くなる事を祈るのではなく、乗り越えていくものなのです。